ウクライナ侵攻「前夜」のサイバー空間
ロシアのウクライナ侵攻から5日が経過しました。
侵攻の約1週間前である2月18日、米国のインテリジェンス企業Flashpointは、ロシアとウクライナの武装組織がソーシャルメディアやチャットを使って志願兵募集や資金調達を図っていると分析するブログ記事を公開していました。
今回は、このブログ記事の日本語訳をお届けします。
すでに激しい戦闘や多くの犠牲者が発生している今となっては、情報が古く感じられる箇所が多々見られますが、侵攻前のサイバー空間の動きを記した資料として、今後も何らかの意義を持つと考え、掲載することとしました。
目次
ロシアとウクライナの武装組織がソーシャルメディアやチャットを使い、ドンバスの志願兵募集や資金調達を図る
募集の内容
移動について助言
Flashpointとは
DDWに特化した、ダークウェブフォーラムやマーケットプレイスの検索・分析サービス。
米国司法機関等を経て経験を積んだアナリストが、30以上の言語を対象としたサイバー犯罪や物理的なテロ脅威など多岐にわたり分析します。他のThreat Intelligenceサービスとの連携にも対応しており、米国の主要な金融機関、司法機関、リテール、保険業界など、Fortune500の多くの企業により採用されています。
日本ではマキナレコードが2016年7月に販売を開始し、現在金融機関、公的機関、大手メーカーでの利用実績があります。
*以下、弊社マキナレコードが提携する米Flashpoint社のブログ記事(2022年2月18日付)を翻訳したものです。
本文
ロシアとウクライナの武装組織がソーシャルメディアやチャットを使い、ドンバスの志願兵募集や資金調達を図る
2022年2月18日
この記事を公開した時点で、ロシアは兵士19万人を(米国側の情報によると、ウクライナのドンバス地域の[*訳注1])ウクライナ国境線沿いに集結しているとのことです。各前線からはさまざまな報告がなされ、ウラジーミル・プーチン露大統領とバイデン米大統領はメディアでポーズをとり続ける中、幸いなことに、戦争は差し迫っているものの未だ必至ではないと考えられます。
戦争に向かう「動き」の多くは、実はインターネット上で起こっています。親ロシア派グループとウクライナのナショナリストグループの双方は、チャットやソーシャルメディアのプラットフォームを複数使い、人員募集や活動資金の調達を行っています。これには、分離派の武装組織「ドネツク人民共和国陸軍」[*2]と「ルガンスク人民共和国陸軍」[*3]( = 住民数350万人超のこれら自称・小国家の一部を支配する、親ロシア反対勢力)が含まれます。
Flashpointは、多数の関係者によるインターネット関連の動きが一貫して増えていることを確認しています。こうした動きは、人員募集や物資・金銭面での支援に影響を与える可能性があります。
複数プラットフォームで募集・拡充
Flashpointは、自称・親ロシア分離派武装組織が保有する多数のアカウントを特定しました。これらの武装組織はソーシャルメディアとチャットのプラットフォームを使い、ドンバス地域で戦闘する志願兵の募集を行っています。VK、Telegramなどのプラットフォーム上で武装組織が行った投稿の多くでは、募集担当者らが連絡先情報を提供しています。Flashpointのコレクションから得たデータとVK上で共有された上記データセットをアナリストが照合した結果、VK上で募集を行う同じ親ロシア分離派グループがTelegram上でも募集を行っていることが分かりました。
Flashpointアナリストは、親ロシア分離派武装組織による募集活動が2021年10月中旬以降、複数のプラットフォームで増加したことを確認しました。アナリストは、他のプラットフォーム(特にVK)で共有された親ロシア分離派武装組織と関連する電話番号を使い、Flashpointのデータセット内で親ロシア民兵の募集を確認することを試みました。Flashpointのコレクションは2014年のウクライナ・ロシア間の最初の衝突より前の日付をカバーしていますが、アナリストは、先述の連絡先番号がTelegram上で共有されたのが2022年1月であることを確認しました。
またアナリストは、VKのグループ「Army of the DPR. Tips for volunteers(ドネツク人民共和国陸軍 志願兵向け情報)」における募集活動が2021年10月中旬ごろに増加したことを確認しました。これは、ウクライナ国境付近へのロシア軍の集結が初めて報道されたのとほぼ同じ時期に親ロシア分離派からの関心が再び高まった可能性があることを示しています。
募集の内容
2022年1月20日、ロシア語と英語が使われるTelegramチャンネル「Defenders of Donbass / Защитники Донбасса(ドンバスの守護者たち)」の管理者が、英語(以下)とロシア語の以下のメッセージを共有しました。
ドネツク人民共和国陸軍での軍務に関する情報はこちらに掲載されています。
ドネツク人民共和国陸軍
志願兵向け情報:最短契約期間は1年
電話連絡先 [電話番号は削除済み]
以前、2021年11月10日に、VKのグループ「Армия ДНР. Советы добровольцам」(「Army of the DPR. Tips for volunteers」)の管理者が、上記のTelegram投稿と同じ連絡先情報(電話番号など)を用いたメッセージを投稿していました。
武装組織は前線の兵士や高射砲兵、兵舎監視員のほか、非戦闘要員(運転手、医療要員、整備士など)を募集していました。
新兵向けにドネツクへの行き方を案内
Flashpointは、親ロシア分離派武装組織とつながりがあるとされるVK上の掲示板に、ロシアや周辺地域の各地からドンバス地域へ移動する方法に関する、新兵向けの情報があるのを確認しました。こうしたVKの掲示板は数年前に作成されましたが、今も動きがあります。コメント用スレッドは定期的に(とあるドネツク人民共和国の掲示板では毎日)更新されて新しい情報が掲載されることから、Flashpointのアナリストはこれらの掲示板が今も重要であると、中程度の確度で評価しています。
2つの掲示板(1つは上記のドネツク人民共和国のもの、もう一つはルガンスク人民共和国のもの)を評価した結果、最新の動きが見受けられました。ドネツク人民共和国の掲示板における最初の投稿は2015年2月になされ、最初の投稿以来51ページ分の議論が行われており、その中で最新のものは2022年11月に現れました。1月11日、ドネツク人民共和国の掲示板の管理者は最新の移動ガイドを提供しました。
ルガンスク人民共和国の掲示板はドネツク人民共和国のものほど活発ではなく、最新の投稿がなされたのは2021年11月です。
移動について助言
グループの管理者は入隊予定者に対し、新型コロナウイルス関連の予防措置によりロシアから直接入域する手段は厳しく制限されている旨を通知しています。それでも、ベラルーシ、アブハジア、南オセチア、ドネツク人民共和国 、ルガンスク人民共和国のパスポートを持つロシア国民は、ロシアからドネツク人民共和国やルガンスク人民共和国へ入域できます。ドネツク人民共和国またはルガンスク人民共和国が占領する地域に永住するウクライナ国民も入域できます。
上記以外の国や地域の市民は、ドネツク人民共和国またはルガンスク人民共和国を支配する勢力による明示的な許可がない場合、ドネツク人民共和国またはルガンスク人民共和国に入域できません。新兵は部隊を通じて申請することで、許可を得て入域することができます。
アナリストは、親ロシア分離派武装組織のVK上のグループが、信頼できる移動方法に関する情報、徴募所への移動に関する情報、新兵がドネツクに到着した際の組織内の連絡先を共有していることを確認しました。
アゾフ大隊
Flashpointのアナリストは、「アゾフ大隊」(2014年11月にウクライナ軍に吸収された、ウクライナのネオナチかつ超国家主義的な準軍事的組織)の人員募集を、Telegramなどの複数のプラットフォームで行っているとされる個人を確認しました。Flashpointのデータセットで見つかった募集担当者の連絡先情報の大半は、他のオンラインソースで共有されているものと一致していることから、Telegramでアゾフ大隊の募集を行っている同じグループが、他のソーシャルメディアプラットフォームでも(おそらく集権的な取り組みの一部として)募集を行っていることが分かります。
1月31日、ウクライナ語が使われるTelegramチャンネルの管理者は、ソーシャルメディアやビデオ共有の人気プラットフォームへのリンクが添付された、アゾフ大隊の募集広告を共有しました。この広告には、アゾフ大隊に関連しているとされる3つのTelegramチャンネルに関する情報も含まれていました。これらのTelegramチャンネルのうち2つは、募集だけに特化しています。
求められるスキル
親ロシア分離派とウクライナの両武装グループが、同じように戦闘要員と非戦闘要員を募集しています。アナリストは、各任務で必要なスキルと素質を載せた募集広告を両グループが共有しているのを確認しました。
2022年2月1日、ウクライナ語が使われるTelegramチャンネルの管理者が、ウクライナ・マリウポリでの募集強化に関する情報を共有し、以下の任務における人員補充を図りました。
・実戦経験のある元軍人
・アゾフ大隊の元兵士
・実戦経験のある医療要員
・経験年数3年以上の医師および看護師
・救急車の運転手
・トラックの運転手
・牽引車両の運転手
・整備士
グループの管理者が使用したTelegramのハンドルネームは、アゾフ大隊が人員募集用に使用するのを過去にFlashpointのアナリストが観測したものでした。
また2月14日、VKのとあるユーザーが親ロシア分離派のグループ「Army of the DPR. Tips for Volunteers」に投稿し、ドネツクにある「Military Unit 08826」の人員募集をしていると述べました。また同じVKユーザーは、さまざまな職位(将校など)を募集していると主張し、関心のある者が連絡を入れられるよう電話番号を共有しました。
暗号資産の使用
2022年1月27日、「Defenders of Donbass / Защитники Донбасса」という偽名で活動するユーザーが親ロシア分離派のTelegramチャンネル「Anti-Bandera Task Force」内に投稿し、ドネツク人民共和国陸軍を支援するため、暗号資産が欲しいと述べてウォレットナンバーを提供しました。
親ロシア分離派がFlashpointのコレクション内やオープンウェブで暗号資産ウォレットを使って寄付を募るのをFlashpointアナリストが観測したのは、これが初めてです。ブロックチェーンを調査したところ、この記事を公開した時点で、使用済みの暗号資産ウォレットはありませんでした。しかし親ロシアの過激派は、暗号資産ウォレットを作成することにより、万一戦闘があった場合には出所不明の資金を素早く受け取ることができるようになるでしょう。
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翻訳元サイト
Flashpoint, “How Russian and Ukrainian Militias Are Using Social Media and Chat Platforms to Recruit Volunteers in the Donbas and Fund Their Causes”(2022年2月18日付け)
https://www.flashpoint-intel.com/blog/donbas-russia-ukraine-conflict-social-media-chat-usage/
訳者注
*1 「19万人」という数字は「国境線沿い、ベラルーシ内、ウクライナ・クリミア半島内、ウクライナ東部地域に配置する兵力を合計したもの」とする報道もあります。
https://www.cnn.co.jp/usa/35183773.html
*2 原文は“Donetsk People’s Republic’s Army” (DPR Army)
*3 原文は“Luhansk People’s Republic’s Army” (LPR Army)