*本記事は、弊社マキナレコードが提携する英Silobreaker社のブログ記事(2025年2月25日付)を翻訳したものです。
2025年2月24日で4年目に突入したロシア・ウクライナ戦争は、第二次世界大戦以降のヨーロッパにおいて最も長く続き、最も多くの死者を出した戦争となりました。2022年にロシアのウラジーミル・プーチン大統領は「特別軍事作戦」と称する作戦を開始しました。ウクライナの「非ナチ化」と非軍事化、そしてロシア人の「虐殺」とみなされる行為の終結が目標であると彼は宣言しました。ロシアは現在、ウクライナ領土の約20%を占領しています。双方の死傷者数は40万人から80万人以上と推定されていますが、この数字は大幅に上振れする可能性もあります。この侵攻は大規模な難民危機をも引き起こしました。約800万人のウクライナ人が国内避難民となり、820万人以上が国外へ避難したため、第二次世界大戦以降のヨーロッパで最大の難民危機となっています。
3年間にわたる戦闘を経た2025年2月に状況は急速に変化しつつあります。アメリカ合衆国のドナルド・トランプ大統領が戦争を終わらせるために「合意を結ぶ」よう圧力をかけているのです。米ロ交渉、支援の代償として5,000億ドル分の資源提供をウクライナに求めるトランプ大統領の提案、ウクライナとヨーロッパの立場を無視した彼の姿勢、そしてトランプ陣営が早期に決定した譲歩。このような事項は、交渉とウクライナの安全保障の中での自らの役割に関する懸念をウクライナ国内とヨーロッパ全域で高めています。和平合意が成立した場合、ウクライナがロシアからの将来的な侵略に対して無防備な状態で、現在の前線の紛争が凍結されるのではないかという恐れがあります。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、「我々の見えないところでなされた」あらゆる和平協定をウクライナは決して受け入れないと強調しています。
戦況
2024年を通じて、ロシアはウクライナ東部で緩やかに勢力を拡大しています。この地域の4,000平方キロメートル以上の領土を占領し、いくつかの都市を攻略しました。ロシアは人命と装備の莫大な犠牲にも臆さないため、1日あたり最大で1,500人の兵士を損失しています。ウクライナのオレクサンドル・シルスキー国防相によると、ロシア軍は2024年に40万人以上の死傷者を出しています。2025年初頭には、ロシア軍が負傷した兵士を治療せずに戦闘に送り返したり、前線でロバを輸送に使用したりしているという報告が上がっています。ロシアはウクライナの捕虜の処刑や拷問を行ったとの非難を受けていて、ロシアの拷問行為は人道に対する罪に相当すると国連は結論づけています。
ロシアがウクライナ東部で徐々に勢力を増す一方で、ウクライナは2024年8月にロシアのクルスク州への奇襲を行い、2025年1月には新たな攻勢に出ました。ロシアの兵力を陽動することを目的としたこの攻勢は、規模がはるかに小さく、成果も限定的でした。しかしながら、ウクライナ軍はロシア国内の領土を掌握することに成功しています。2024年10月には、この攻撃に対して防衛を行うロシアを支援するために、北朝鮮が軍隊を派遣していることが報告されています。また、ウクライナは石油およびガスのインフラ、武器庫、軍用飛行場を標的としたロシア国内での攻撃活動を継続しています。
2022年以来、西側諸国はウクライナへの継続的な支援を提供してきましたが、支援が手薄であったり手遅れであったりすると感じられるような場面もありました。ウクライナは、ヨーロッパ諸国からは約1,320億ドル、米国からは当面の軍事援助としての約650億ドルを含む1,140億ドルの援助をすでに受けています。しかし、ウクライナ同盟国の間では2024年を通じて戦争疲れの兆しが目立ち始めています。一方で、ロシアは中国、北朝鮮、そしてイランとの緊密なパートナーシップをますます構築しています。おそらく軍事技術やインテリジェンスと引き換えに、軍事物資や、北朝鮮の場合は軍隊をロシアは受け取っています。
ロシアとウクライナのどちらも、サイバー攻撃を積極的に続けています。ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)に属するグループ「Sandworm」は、諜報活動の一環として、バックドアを用いてウクライナ軍を継続的に標的としています。マルウェアは通常、正規のソフトウェアのクラックまたは偽のバージョンを使っているデバイスに拡散、あるいはすでに知られている脆弱性を悪用することで拡散します。一方で、ウクライナは主にDDoS攻撃を用いて、石油・ガス部門を含むロシア国有企業のネットワークを混乱させ、アクセス不能にしています。
トランプ氏の和平計画
トランプ氏は戦争をすみやかに終結させることを選挙運動期間中に誓い、2025年2月12日には、プーチン氏との3時間にわたる電話会談後、戦争終結に向けた交渉を直ちに開始することに両国が合意したと発表しました。その後の2025年2月18日には、マルコ・ルビオ米国務長官とロシアのセルゲイ・ラヴロフ外相が率いる米国とロシアの代表団による初の会合がサウジアラビアで開かれました。これらの交渉によってトランプ氏がウクライナの安全と主権を保証しないままロシアへの大幅な譲歩に同意するのではないか、という懸念がヨーロッパ諸国の指導者の間で起こりました。
2014年以前の国境に戻し、NATOに加盟するというウクライナの目標は非現実的であり、戦争を長引かせるだけであると、ピート・ヘグセス米国防長官は述べています。いかなる和平協定のもとでも、米国はウクライナに軍を派遣しないと彼は明言しました。また、ヨーロッパの同盟国に対しては、ウクライナの将来的な安全保障に対しての継続的な支援を確保するよう求めました。また、トランプ氏は援助の代償として、国内の天然資源のうち50%の所有権を米国に付与する「資源協定」をウクライナに提案しています。米国がすでにウクライナ支援に3,000億ドルを費やしている事実に言及しつつ、ウクライナが5,000億ドル分の資源提供の協定に「おおむね同意した」とトランプ氏は述べています。ウクライナのレアアースを含む豊富な鉱物資源の価値は、約15兆ドルと見積もられています。しかし、すでに発見されているレアアースの鉱床は、現在ロシアによって占領されているため、採掘は困難を極める可能性があります。
ウクライナの立場
2024年にゼレンスキー氏が提示した「勝利計画」に合致すると述べ、ゼレンスキー政権はトランプ氏の「資源協定」を当初歓迎していました。その後、安全保障の保証がないとしてこの提案を拒否しました。ゼレンスキー氏は以前、ウクライナの鉱物資源豊富な地域がロシアの支配下に置かれた場合、イランや北朝鮮のような他国が資源を採掘するだろうと警告していました。
また、ゼレンスキー氏はウクライナとヨーロッパの同盟国抜きの米国とロシアの交渉に懸念を示し、ウクライナの主権の問題であることを強調しつつ、「我々の見えないところでなされた」いかなる和平協定も受け入れないとしました。彼は以前、現在の前線で紛争を凍結することは、新たな武力行使に確実に繋がると警告していました。ウクライナは自国の主権を損なう可能性のある譲歩に懸念を示し、いかなる和平計画にも米国とヨーロッパによる安全保障の保証を含めるように求めています。加えて、ゼレンスキー氏は米国への依存を減らすため、ヨーロッパ軍の創設を求めました。
ロシアの立場
ロシア側はトランプ氏の提案を歓迎しており、ロシア国内ではこの交渉が「プーチン大統領の大勝利」と称賛されています。しかし、ロシア当局はウクライナで占領した地域を手放すつもりは一切ないと明言しました。ラブロフ氏はまた、対話へのヨーロッパの役割には疑問を呈しながら、ウクライナへのNATO平和維持軍の派遣を拒否し、交渉へのヨーロッパの関与に対して懐疑的な姿勢を示しています。
トランプ氏との電話会談以前にプーチン氏は和平交渉に対して本格的な関心を示していませんでした。ウクライナの政権交代、NATOへの加盟可能性を除外したウクライナの永久中立国化、ロシアによるウクライナ領土の併合の承認、ロシアが併合した4つの地域からのウクライナ軍の撤退、西側諸国による経済制裁の解除といった最大限の要求を、プーチン氏は未だに掲げています。プーチン氏の報道官であるドミトリー・ペスコフ氏は、和平交渉の用意があるとプーチン氏は「繰り返し」表明してきたが、まずはロシアの「より広範な安全保障問題」に取り組まなければならないと述べました。ロシアのセルゲイ・リャブコフ外務次官は、和平協定に合意するためにはロシア側の交渉余地のない条件をすべて満たしている必要があり、いかなる協議であってもNATOの拡大やウクライナからの脅威といった紛争の根底にある原因に取り組む必要があると述べました。
ロシアの戦争経済
プーチン政権は、トランプ氏の提案を戦争からの脱却と有利な条件での和平に繋がるまたとない機会として認識しているようです。ロシアは戦場での損失が続き、戦争によって経済にはますます大きな負担がかかっています。ロシア政府の頭の中では、米国がロシアへのより厳しい制裁を引き続き課しつつ、石油とガスの生産量を増やして米国内のエネルギー価格をどうにか引き下げることができてしまうのであれば、和平協定を選ぶ以外の道がなくなる可能性があるという予測が立っているのかもしれません。
一方で、ロシア経済は制裁後、予想に反して回復傾向を示しています。2022年にはわずかに経済が縮小したものの、2023年と2024年には成長しています。これにはいくつか理由があります。ロシアは2023年までに新たな情勢に適応し、制裁を回避する方法を見つけ、そして軍事支出の増加によって経済を刺激したのです。他方で、情勢は変化し続けるため、ロシアは2025年には不況に陥る可能性があります。この不況はインフレによって引き起こされた金利の急激な上昇が原因であり、徴兵によって悪化した労働者不足によって不況の勢いはさらに増すでしょう。ロシア政府は2025年に軍事支出を増加することを計画しているため、予算がさらに逼迫することになります。戦争が終結したとしても、ロシアは軍隊と軍備を再建する必要があるため、この傾向は継続すると考えられます。以上の通り、ロシアの経済成長の大部分は軍事支出によるものです。このような支出依存と高インフレが合わさることで、1980年代にソ連が経験したような停滞経済に繋がる可能性があります。
ロシアのインフレ率は現在10%に差し迫り、2025年2月にロシア中央銀行はインフレ予測を8%に上方修正しました。ロシアの金利は21%ですが、中央銀行はさらなる引き上げに消極的です。2024年にはロシアの金準備が半分近く(46.4%)減少しました。同国はまた、国民福祉基金を日々の支出の資金調達源として使用していますが、このファンドの流動資産額は侵攻前の約1,000億ドルから380億ドルに減少しています。プーチン氏は2025年2月にこの事態を認めました。彼にしては異例な対応をとったことにも、事態の深刻さが表れています。制裁が解除され、ロシア中央銀行の3,000億ドルを超える凍結資産が解放されることで、現在の状況を緩和するためには欠かせない基金が提供できるようになるでしょう。
まとめ
現在進行中の交渉は、込み入った旅路の始まりに過ぎず、その行く末は全くわかりません。ロシアとの交渉自体が、トランプ氏の提案に合意するようウクライナに圧力をかけるための戦術である可能性も否定できません。2025年1月に、プーチン氏がウクライナでの「馬鹿げた戦争」を終わらせないのであれば、ロシアに関税をさらなる制裁を課すと脅した際のトランプ氏の口調は異なるものでした。
和平交渉における最大の課題は(相互)不信です。ウクライナがロシアに対して大きな不信感を抱くのには理由があります。ロシアがこれまでの合意を破り、2022年には本格的な侵攻をついに開始したからです。だからこそ、将来的なロシアによる侵攻に備えるために、ウクライナはNATO加盟を主張し続けているのです。一方、プーチン氏はNATO拡大を紛争の「根本原因」に位置付けており、このことを取り下げる見込みは低いです。ロシアは、これまでにトランプ陣営が表明してきた以上の譲歩を求める可能性が高いです。これは、交渉での立場を見直し、いかなる妥協もロシアを弱体化させるために利用される可能性があるという懸念に対処するためです。
現状、ウクライナは領土の割譲を受け入れようとしていないため、プーチン氏も和平合意にメリットを見出さない限り、同意することは無いでしょう。ウクライナがトランプ氏の「協定」を受け入れた場合に米国に受け渡すことになる資源の総額は、第一次世界大戦後にドイツに課された賠償金よりも大きな割合をGDP上で占めるだろうと、一部の観測筋は指摘しています。行く末がどうであれ、当初の目標を達成できず、軍隊の大半が壊滅したにもかかわらず、プーチン氏がいかなる形の和平をも勝利と言い表すであろうことはほぼ確実です。ロシアのプロパガンダは、鉱物資源の豊富なウクライナ領土の併合と、クリミアへの「陸橋」の確立を勝利として喧伝し、米国との新たな接触は、西側諸国がロシアを孤立させることに失敗した結果として提示するでしょう。そして、ロシアはウクライナをNATOの同盟代理国と表現することで、和平をNATOそのものに対する勝利として位置付けるのでしょう。
加えて、プーチン氏が交渉を利用してヨーロッパの安全保障体制の変更を推し進めることも予想されます。つまり、NATOの役割を縮小し、「勢力圏」に関する何らかの合意に至るわけです。戦争がどのように終結するかは、国際安全保障に長期的な影響を与える地政学的な分岐点になるでしょう。また、中国やイラン、北朝鮮のような権威主義体制との潜在的な対立に直接的な影響を与えることになりそうです。
本記事は、2025年2月21日までに報告された事象を基に執筆されています。より最近の動向については、当社の地政学リスク概要にご登録ください。
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寄稿者
- Hannah Baumgaertner, Head of Research at Silobreaker
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