米国のドナルド・トランプ大統領が2024年の選挙活動中に掲げた政策は、1期目に行った政策の焼き直しでした。しかし就任直後の2か月間を振り返ると、トランプ氏は前回の任期以上にさらに踏み込んだ政策を実行する用意があることを示唆しているようです。同氏は短期間で移民、政府資金、貿易、和平協定などいくつもの重要な問題に取り組んだ上、大統領権限の限界を試すようなアプローチで敵対国だけでなく同盟国すらも敵に回そうとしています。2期目の初日である2025年1月20日には、実に26件という記録的な数の大統領令に署名しました。
トランプ氏は今日までに、移民と強制送還に関する苛烈な政策や、連邦政府機関と省庁の解体を含む連邦政府の支出削減、世界的な貿易戦争の引き金となった外国製品に対する関税の大幅な拡大、そして「新世界秩序」を築き上げるための「衝撃と畏怖」作戦と称される外交政策を展開しています。その政策の多くは国内外から批判されており、いくつかの施策は合法性について疑問が呈されています。
*本記事は、弊社マキナレコードが提携する英Silobreaker社のブログ記事を翻訳したものです。
トランプ氏による大統領権限の解釈
トランプ氏は行政権をより拡大解釈し、米国史上類を見ない方法で大統領権限の限界を押し広げています。行政府は大統領が単独で統治すべきという確信によって特徴付けられる同氏のアプローチは、行政権の暴走であるとの批判を招くに至りました。アメリカ合衆国憲法第2条の「行政権は大統領に帰属する」に対するトランプ氏独自の意味解釈については、大統領に認める権力の範囲があまりにも広い上、歴史的にも法的にも認められていないと法律や憲法学の専門家が非難しています。トランプ氏は議会が割り当てた資金の差し押さえや、正当な手続きを無視した移民の強制送還、連邦職員の解雇、そして司法判決への異議申し立てなど、法律の専門家が憲法上の権限を逸脱していると指摘するような決定を下し続けてきました。
このような行動はトランプ政権と司法の間に大きな緊張感をもたらし、裁判所が政策を阻止または遅延させるための制止命令や差止命令を出す一方で、トランプ氏も司法に対する非難を激化させています。2025年3月、連邦判事がベネズエラ移民の強制送還を阻止したことを受けて、同氏は自身の命令を阻止した判事に対する法的措置を最高裁に求めました。さらに、トランプ氏と支持者たちは現政権に不利な判決を下した連邦判事の弾劾を求め、司法の独立と憲法危機に対する懸念も引き起こしています。これに対してジョン・ロバーツ連邦最高裁判所長官や法律の専門家たちは、弾劾ではなく控訴手続きこそが適切な方法であると反論しました。
移民と国境警備
トランプ氏は就任初日、米国史上最大規模となる不法移民の強制送還を行うと約束し、米国移民法とその政策を見直すための大統領令を10件発しました。この発令には米国とメキシコの国境における国家非常事態の宣言、米国軍と国境警備隊による不法移民の撃退、そして執行権限の大幅な拡大が含まれています。これらの大統領令では、強制送還を迅速化するために民間請負業者と「処理キャンプ」を活用する計画も示されていました。また、新政権は50万人を超えるラテンアメリカからの移民の在留資格を剥奪し、学校や礼拝所など「慎重に扱うべき」空間への入国管理官の立ち入りを禁じるガイドラインを撤回するなど、バイデン政権時代に導入された政策や決定を次々と取り消しています。
このような政策は、メキシコやその他のラテンアメリカ諸国との関係に緊張感を高める要因となっています。またその一方で、提案された大量強制送還の計画は法的に反対される可能性が高いものの、これらの政策が引き金となって不法越境者の数は過去最低を記録しているようです。2025年1月の米国税関・国境取締局のデータによると、国境での拘束者数は大きく落ち込んでおり、メキシコと接する南部国境沿いでは2024年の同時期と比べて85%、米国全体では昨年1月と比べて66%減少しました。
政府の効率化
トランプ氏は連邦財政の赤字縮小を目的とした予算削減を提案し、連邦政府の職員数と無駄の節減に重点を置いた政府全体の効率改善に乗り出しました。この取り組みにより、重複する機能を持つ機関は合併または解散させられる可能性があります。また、同氏は無駄な支出に対処する政府機関として、イーロン・マスク氏が率いる政府効率化省(略称DOGE)を設立しました。マスク氏は連邦政府予算を「少なくとも」2兆ドル削減できると示唆しています。この経費削減に向けたイニシアチブには、米国教育省の計画的解体、米国の対外援助の凍結と米国国際開発庁(USAID)の閉鎖、米国に対するサイバー脅威を監視するサイバーセキュリティ・インフラストラクチャ・セキュリティ庁(CISA)の規模縮小などが含まれます。
こういった取り組みの中には物議を醸すものもあり、現在は訴訟や世論の反対に直面しています。また、合衆国憲法は連邦予算の割り当てに関する権限を議会に与えているため、トランプ政権の成功には議会との協力が不可欠かせません。例えば、USAIDの職員は同庁の支払いシステムやEメールシステムへのアクセス権がDOGEに与えられ、職員の多くが休職処分になったことを受けて訴訟を起こしました。この訴訟の中で、連邦判事はDOGEの一連の行動が合衆国憲法に違反している可能性が高いとの判決を下しています。DOGEが核備蓄の管理と核兵器の安全確保を担う国家核安全保障局(NNSA)の職員を解雇したことで、国家安全保障に対する懸念も高まりました。ただしこの決定は、NNSAの職員が国家安全保障上の機密を扱っていたことが明らかになったため、後に撤回されています。そのほかにもCISAの優先事項を改める決定、とりわけロシアの監視を終了するよう指示を下したことや、同国に対する攻撃的なサイバー作戦の一時停止をサイバー軍に命じたことは、米国に繰り返しサイバー攻撃を仕掛ける既知の敵対勢力を助長するとして懸念を引き起こしました。
関税と経済
トランプ氏は国内生産と雇用の拡大を目的とする「アメリカ・ファースト」の経済政策を追求しており、輸入されるすべての鉄鋼・アルミニウム製品に25%の関税を、中国からの輸入品には20%の関税を課しました。また、カナダとメキシコには25%の関税を課したものの、その後にUSMCA貿易協定の対象となる輸入品については2025年4月2日まで導入を見送っています。EUに対しても、2025年4月2日に発効する予定だった25%の「相互関税」を課す計画で圧力をかけていました。関税は他国との交渉をまとめるカードとしても利用されており、コロンビアが米国からの強制送還者を乗せた軍用機の受け入れを拒否した2025年1月には、同国への関税を大幅に引き上げると表明しています。
関税は報復につながります。中国は米国の農産物や食品に関税を課し、トランプ大統領の重要な支持基盤である米国の農家に影響を与えています。EUも報復関税を発表しており、当初は2025年4月1日からの開始が予定されていましたが、米国との交渉に時間をかけるため、実施を4月中旬まで延期することにしました。一方カナダは、USMCA貿易協定による現在の関税の免除期間が終了した後に、最大1,550億ドル分の米国輸入品に25%の関税を課すと警告しています。またメキシコも報復関税の導入を警告しつつ、対立を避けるために米国と協力体制をとることを約束しました。トランプ大統領は2025年3月24日、相互関税について「相手国が課す関税よりも低い形で、寛大な対応」を取るつもりだと述べ、状況をさらに複雑化させました。
報復的な関税措置は米国とその同盟国の間に大きな緊張を引き起こし、景気後退への不安を高めています。トランプ大統領の関税政策と米国経済の見通しに関する不確実性は、すでに株式市場の変動と消費者信頼感の低下を引き起こしています。株式市場は関税がインフレ率の上昇を招くことに恐れを示しており、米国株の急落は景気後退につながる可能性のある貿易戦争の経済的影響への懸念の高まりを反映しています。このような状況は米国の失業や家計への財政的負担といった深刻な結果をもたらす可能性があり、現政権の将来的な政策に影響を与えかねません。
外交政策
トランプ氏の外交政策は取引関係を重視し、同氏が「力による平和」と呼ぶものを活用する「アメリカ・ファースト」政策に特徴付けられます。このアプローチは1945年以降のルールに基づく国際秩序を破壊し、代わりに二国間関係を重視するものだと評されています。トランプ氏は外交政策に対して極めて個人的なアプローチをとっており、決定に際しては米国務省からの助言をほとんど受けず、大統領補佐官に大きく依存する傾向があります。このような判断は、ロシアによるウクライナ侵攻を非難する国連決議に北朝鮮やシリアと共に米国が反対票を投じるといった事態につながっています。
ロシア・ウクライナ戦争
米国はロシア・ウクライナ戦争の和平協議に深く関与し続けており、トランプ大統領も自身の選挙運動中に、この戦争を速やかに終わらせると誓約していました。2025年3月上旬、トランプ氏はロシアのプーチン大統領に対し、ウクライナとの和平合意の交渉を開始するよう呼びかけました。ウクライナや欧州のNATO同盟国を関与させずに和平会談を主導したことは、欧州各国で懸念を呼んでいます。トランプ氏はロシアとウクライナ両国の指導者と良い話し合いをしたと繰り返し主張しているものの、停戦と和平はまだまだ遠いようです。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、トランプ氏の停戦案を受け入れており、ロシアによるエネルギー・インフラ分野への攻撃を停止することに前向きな一方で、ロシアは2022年の侵攻前に提示した要求を最大限実現したい考えを維持しています。米国はイースター(2025年4月20日)までの停戦を目指していますが、ロシアは可能な限り多くの領土を獲得し、交渉でウクライナに対して優位に立つために和平交渉を長引かせているようです。
この交渉では、和平仲介のためのビジネスライクなアプローチの存在が明らかになりました。トランプ大統領の戦争終結の目的は、中国(およびイラン)に対抗するための米国の資源確保に直接関係しているからです。これには2022年2月にウラジーミル・プーチン大統領と習近平国家主席が宣言した中露間の「限りない友好」を阻止、あるいは少なくとも妨害する取り組みも含まれると考えられます。西側諸国との直接対決を避けながらロシアとの関係維持を目指している中国の戦略的利益を考慮すると、このような中露関係の実態はより複雑で微妙なものだと評価されています。米国とロシアはウクライナでの戦争の終結に取り組むだけでなく、金融投資や正常な国交の再構築でも協力することに合意しました。ロシアはトランプ氏の「取引」と資源への関心に応えるために再開された対話を利用しているとみられ、米国の石油会社などがロシアでの事業を再開することで数千億ドルの利益を得る見込みがあると主張しています。
イスラエル・ハマス戦争
2025年1月にトランプ氏は、米国がガザを「所有」し、パレスチナ人を隣国のエジプトとヨルダンに移住させ、この地を「中東のリビエラ」、すなわち高級リゾート地として再開発するという構想を提唱しました。アラブ諸国の指導者と米国の同盟国はこの計画を非難する中で、トランプ大統領は民間人の強制送還を主張しているわけではないことを後に明らかにし、ガザの再建と同地域の平和の確保を強調しました。トランプ政権の関係者もまた、大統領の構想は決定的な行動計画というよりは、アラブ諸国の指導者たちに実行可能な代替案を提示させるための挑発的な試みだったと述べており、最終的にはアラブ諸国がそれぞれ独自の計画を提示するに至っています。しかし、アラブ諸国が提案した計画にはハマスがどのように権力を譲り渡すかが説明されていなかったため、イスラエル政府によって却下されました。
西側諸国での覇権
トランプ氏はまた、西半球における米国の覇権の再確立を目指しているようです。同氏はグリーンランドを獲得すること、カナダを米国の51番目の州とすること、そしてパナマ運河の返還要求を提言したため、国内外で大きな反対に直面しました。カナダ、パナマ、デンマーク、グリーンランド、そしてEUの指導者たちはこれらを拒否し、米国内では民主党が「同盟国侵略禁止法」を提出しました。この法案は米軍が「カナダ、グリーンランド、パナマの領土を侵略または奪取する作戦に従事する」ための資金提供を禁止することを目的としています。さらに政治批評家たちは、米政権による取引的なアプローチが、特に発展途上国における中国の影響力拡大を助長する可能性があると指摘しています。
トランプ政権下の66日間をふりかえって
2025年3月4日の議会演説で、トランプ大統領は自身の初期の行動は米国の力を取り戻すために必要だったと説明し、政権は「まだ始まったばかりだ」と述べました。トランプ政権は今までにない規模で米国経済や防衛戦略、同盟関係の再編成を試みているようです。このような「新世界秩序」の時代において、他国は米国に対する措置を見直す必要があります。トランプ氏自身も宣言しているようにこの一連の行動は前代未聞であることは広く認められていますが、実際には透明性を確保しているだけなのかもしれません。トランプ陣営関係者によると、このようなアプローチは共通の認識や国際規範などの概念は「ハードパワー」に取って代わることはないという信念と「現実主義」に基づくものです。興味深いことにこの考えは、ロシアが主導的な役割を果たすような新しい「多極世界秩序」を提唱してきたプーチン大統領の考えと一致しています。
トランプ氏のアプローチは、交渉を「取引の場」と捉える傾向のある、競争的で駆け引きを好む精神を持ったビジネスマンの手法と評されています。トランプ氏は慎重な人物ではなく、目的達成のために対立を辞さない大胆不敵な人物として知られています。むしろ予測不可能で「クレイジー」な人物というイメージを醸成することで、交渉における自身の立場を強化しようとしているのかもしれません。トランプ氏を知る人々によれば、同氏は勝つために交渉するタイプであり、めったに引き下がることはないとのことです。ただし、より魅力的な提案が出てくれば方針を変えることもあるでしょう。トランプ氏との交渉における「取引の術」は、第一にトランプ氏が勝者でその相手は敗者であるという「見えない」境界線を決して越えないこと、第二にトランプ氏が勝利を主張できる魅力的なものでありながら相手の交渉力も称賛できるような取引、つまりWin-Winな取引を見つけることだと言われています。
本記事は、2025年3月26日までに報告された事象を基に執筆されています。より最近の動向については、弊社の地政学リスク概要にご登録ください。
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