年々取得企業が増加し、2025年現在では8,000を超える数の企業が取得しているISMS認証(ISO/IEC 27001)。セキュリティ体制の強化や対外的な信頼向上といったメリットがある一方で、「ISMSは意味がない」などという声も時折耳にします。本記事では、ISMSの基本や利点を改めて振り返りつつ、「意味がない」と言われることがある理由や形骸化を防ぐためのポイントなどについて解説します。
- ISMSの基本
- ISMS認証取得の流れ
- 企業が「ISMSは意味がない」と感じてしまう理由
- ISMSのデメリット
- プライバシーマーク(Pマーク)とは?
- ISMSとプライバシーマークの違い
- 「認証取得」自体を目的にしない
- ルールをわかりやすく・守りやすく
- PDCAサイクルを回す
- 定期的な教育やトレーニング
- 定期的なレビューや評価
- 担当者に負担がかかりすぎないようにする
ISMSとは?概要を復習
ISMSの基本
ISMSとは簡単に言うと、組織の情報を保護するための仕組みのことです。正確には「Information Security Management System(情報セキュリティマネジメントシステム)」の略称で、その名の通り「情報セキュリティをマネジメント(管理)するためのシステム」を意味します。この「仕組み/システム」を、ISO/IEC 27001という国際規格(日本語版はJIS Q 27001)に則って構築・運用・維持し、第三者機関の審査を受けて規格への適合性が認められると(※)、「ISMS認証」を取得することができます。
つまり、ISMSという言葉自体はシステムを指し、認証を意味するわけではありませんが、「ISMSを取得する」、「ISMS取得企業」などと「認証」という言葉を省略するケースは多々あります。
※この、組織におけるISMSが認証基準であるJIS Q 27001(ISO/IEC 27001)に適合しているかどうかを第三者機関(認証機関)が評価し、適合性が認められた場合に認証を付与するという制度は「情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)適合性評価制度」と呼ばれています。
<ISMSの基本>
- ISMSとは、「情報セキュリティをマネジメント(管理)するためのシステム」
- ISMS認証とは、ISMSをISO/IEC 27001という国際規格に則ってISMSを適切に構築・運用・維持していることが第三者機関によって認められると取得できるセキュリティ認証
- ISO/IEC 27001とは国際ISO規格で、ISMS認証の認証基準。日本語版はJIS Q 27001
※ISMSについてさらに詳しくは、こちらの記事もご覧ください:ISMSとは:なぜ必要?ISO 27001との違いや認証取得すべきケースについて解説
ISMS認証取得の流れ
ISMS認証を取得するまでの大まかな流れは以下の通りです。
ステップ①:準備
- 取得目的や適用範囲の設定
- 担当者の選定など、組織体制の整備
ステップ②:体制構築
- 自組織が保有する情報資産の洗い出し
- リスクアセスメント
- 情報セキュリティ方針や規程の策定、リソース確保
- 管理策の検討
ステップ③:運用
- セキュリティ対策の実施
- 従業員へのセキュリティ教育
- 内部監査の実施
- マネジメントレビュー
ステップ④:審査
- 一次審査
- 二次審査
- 是正処置への対応
また申請から審査、認証取得までのプロセスは以下の通りです。認証の有効期限は3年で、3年ごとに再認証審査を受ける必要があります。
※ISMSについてさらに詳しくは、こちらの記事もご覧ください:ISMSとは:なぜ必要?ISO 27001との違いや認証取得すべきケースについて解説
ISMSのメリット
ISMS認証を取得する主なメリットには、以下のようなものが挙げられます。
- 組織のセキュリティを強化できる
- 対外的な信頼を高められる
- 他社との差別化を図ることができる
- 入札や取引の条件をクリアできる場合がある
- IPOに有利
ISMSは時代遅れ?「意味がない」と言われる理由や弱点
ここまで見てきた通り、ISMSは数か月の期間と労力をかけて構築するものであり、認証取得により多様なメリットも期待できます。にもかかわらず、なぜ時折「ISMSは意味がない」「時代遅れだ」などと言われてしまうことがあるのでしょうか?
企業が「ISMSは意味がない」と感じてしまう理由
実態に即していない
企業によっては、構築したISMSが事業内容や業務の実態に即したものになっていない可能性があります。例えば認証取得のためにあまりにも多くのルールが設けられ、これに従うことで業務効率が下がったり、従業員の間で不満やストレスが生じたりした場合、「ISMSは意味がなかった」という印象を抱いてしまうことが考えられるのです。
また、事業の性質や取り扱う情報の種類によっては、ISMSではなくプライバシーマーク(Pマーク)などほかの認証の方が適しているケースもあります。なお両認証の違いについては、後ほどもう少し詳しく説明します。
中身が伴わず、形骸化している
「組織のセキュリティを向上させたい」、「IPOを考えているので取得したい」など、明確な目的や動機がある企業にとって、ISMS認証の取得により享受できる利点はたくさんあります。しかし認証取得または認証の維持そのものが目的となり、中身が伴わずに形骸化してしまうと「ISMSは意味がなかった」と感じるようになるかもしれません。
コストに見合っていない
ISMSの構築および認証取得に至るまでには、それなりの人的コストや金銭的コストがかかる場合があります。このコストに見合った効果やメリットが得られなかったとすると、「意味がなかった」という考えに至ることが想定されます。
ISMSのデメリット
上記のほか、以下のようなISMS認証のデメリットが、「ISMSは意味がない」と言われる要因に繋がることも考えられます。またISMSを取得したものの、メリットが感じられず認証の自主返上を決める企業もあります。
- 業務負荷の増大:こなさねばならない作業が増え、業務負荷が増大する
- コストの増大:審査費用のほか、場合によっては外部コンサルへの委託料や新規で導入するツール類などの費用、人件費がかかるなど、コストが増大する
- マニュアルや文書の増加:運用ルールが増えることに伴い、マニュアルや文書も増える
ISMSとプライバシーマーク、どちらを取得すべき?
先ほども少し触れたように、事業や業務の内容によっては、ISMSよりもプライバシーマークを取得した方が良い場合があります。
プライバシーマーク(Pマーク)とは?
プライバシーマーク制度とは、簡単に言うと個人情報を適切に保護している事業者を認定する制度のことです。企業は第三者機関による審査を受け、JIS規格「JIS Q 15001個人情報保護マネジメントシステム-要求事項」に沿って個人情報が適切に取り扱われていると認められた場合に、プライバシーマークを取得することができます。
ISMS認証では「情報セキュリティマネジメントシステム」を構築・運用しますが、プライバシーマークでは「個人情報保護マネジメントシステム(PMS / Personal Information Protection Management Systems)を構築・運用することになります。
ISMSとプライバシーマークの違い
一見似たような認証に思えるプライバシーマークとISMSですが、最も明白な違いは、プライバシーマークが個人情報保護に特化したものであるのに対し、ISMSは個人情報に限らず、情報セキュリティ全般に関する認証であるという点です。したがって、人材派遣業者やEコマース事業者などの個人情報を多数扱う企業にとっては、ISMSよりもプライバシーマークの方が適切な場合があります。
<ISMSとプライバシーマーク(Pマーク)の主な違い>
ISMS | Pマーク | |
認証基準(規格) | ISO/IEC 27001(日本版はJIS Q 27001:2014) | JIS Q15001 |
規格の規模 | 国際規格 | 日本国内の規格 |
保護範囲(目的) | 情報セキュリティ全般の管理方法を定義 | 個人情報保護に特化 |
向いているビジネス形態 | B2B企業やクラウドサービスを提供する事業者向き | B2C企業向き(ただしIT系企業は例外) |
対象範囲 | 自由に決定でき、拡張も可能 | 会社単位(日本国内の事業者のみ) |
認証取得までの期間 | 10か月〜 | 6か月〜 |
取得後の運用 | 毎年審査を受ける必要あり。更新審査は3年ごと | 2年ごとに更新審査を受ける必要がある |
ISMSとプライバシーマークの違いについてさらに詳しくは、こちらの記事をご覧ください:ISMSとPマークの違いは?取得のメリット・デメリット
ISMSを形骸化させず、有意義なものにするためには?
では、ISMSを形だけの認証で終わらせず、「意味がある」ものにするにはどうすればいいのでしょうか?
「認証取得」自体を目的にしない
認証を取得することだけを目指して構築したISMSは、審査を通過することができたとしても実際には組織のセキュリティ強化に繋がらない場合があります。情報資産を保護するための有効な仕組みとしてISMSを運用するためには、自組織に特有な情報セキュリティリスクの環境を踏まえて目的を設定することが重要です。
ルールをわかりやすく・守りやすく
「ISMSのデメリット」のセクションでも少し触れた通り、ISMS認証の取得に取り組む過程では運用ルールや運用手順が増加することがあり得ます。こうしたルール/手順をあまりに複雑化してしまったり、「ISMSのためのもの」として通常業務と切り分けてしまったりすると、たとえISMSの活動を開始した当初はしっかりと守れていたとしても、次第に運用がおざなりになっていく恐れがあります。継続および定着のためには、ルールや手順を通常業務の範囲内で無理なく実施できるようなものにすべきです。
PDCAサイクルを回す
ISMSを形骸化させないためには、PDCAサイクルを通じて組織的・継続的な改善に取り組む必要があります。
Plan(計画)
- 問題を整理し、目標を設定する
- マネジメントレビューや内部監査、教育、トレーニングなどの計画やスケジュールを策定する
Do(運用)
- 立てた計画を実行する
- ルールや手順を通常業務に落とし込み、無理なく実施できるようにする
- 教育やトレーニングを実施する
Check(確認)
- 内部監査などを通じてISMSの運用状況や効果を評価する
- 課題や問題を明確化する
Act(改善)
- 課題・問題が生じる原因を特定して解消のための対策を立てる
- ルールや手順の変更を行う
定期的な教育やトレーニング
PDCAサイクルの「Do」のフェーズで行う情報セキュリティ教育やトレーニングは、一度だけ実施すればいいというものではありません。その場では理解し習得できた知識でも、反復しなければ徐々に忘れてしまう可能性が高いため、定期的に教育を実施して定着させることが重要になります。また上述の通りセキュリティリスクは常に変動するため、これに合わせて新たな内容にアップデートした教育を実施する必要も出てくるかもしれません。
定期的なレビューや評価
PDCAサイクルの「Check」フェーズに相当するのが、内部監査やマネジメントレビューを通じたISMS運用状況の評価です。構築したISMSのISO/IEC 27001への適合性を評価するとともに、これまで実施してきた対策や教育などのISMS関連の活動がどのような効果を生んだのか、または想定した効果が得られなかった場合その原因は何か、どこを改善すべきか、といった点を定期的に振り返ることが大切です。
また、組織をめぐる情報セキュリティリスクは常に変化し得るものであるため、ISMSの運用計画や関連するルール、手順、対策などは定期的に見直し、必要に応じて都度変更する必要があります。例えば2〜3年前に構築してその後更新されていないISMSは、最新の脅威に対して脆弱な時代遅れのISMSになってしまっているかもしれません。
なお、組織が直面するリスクの変化は、組織の内部状況及び外部状況の変化によって発生します。外部状況の変化については、日常的な情報収集を行って最新の脅威トレンドを把握できると理想的です。
<内部状況の変化>
- ISMS 適用範囲の変更
- 取り扱う情報の変更
- 使用する情報システムの変更
- 情報を取り扱う人員の変更
- 外部委託の範囲や委託先の変更
など
<外部状況の変化>
- サイバー攻撃手法の高度化・巧妙化
- 関連する法規制の変更
- 取引先などの利害関係者の変更
など
担当者に負荷がかかりすぎないようにする
最後に、ISMS担当者の業務が多くなりすぎると、ISMSのメリットよりも負荷の方が大きく感じられ、認証取得の意義を見出せなくなる恐れがあります。このためISMS取得運用の作業は、できる限り効率化することが理想的です。そのための手段としては、外部の情報セキュリティコンサルに支援を依頼することなどが挙げられます。
終わりに
ISMSは事業や業務の実態に適した運用になっていない場合や、認証取得/維持自体が目的になり形骸化してしまった場合に、その企業にとっては「意味がないもの」になってしまう恐れがあります。一方で、明確な取得目的を設定し、業務フローに見合った運用にすることで、得られる利点がたくさんあるのも事実です。
ISMS認証の取得に関心がある企業にとっては、ISMSを意義あるものにできるのかについて、本記事で紹介したような事項を考慮しながら検討することが大切になります。それでも取得すべきかわからない、Pマークとどちらが適しているのか判断できない、ISMSの構築や運用に不安がある、などの疑念やお悩みがある場合は、外部の情報セキュリティ企業に相談してみるのも1つの手かもしれません。
弊社マキナレコードでも、ISMS認証はもちろん、アドオン認証であるISMSクラウドセキュリティ認証やPマークなどの認証取得をサポートするコンサルティングサービスを提供しています。詳しくは、弊社ホームページをご覧ください。
Writer
2015年に上智大学卒業後、ベンチャー企業に入社。2018年にオーストラリアへ語学留学し、大手グローバル電機メーカーでの勤務を経験した後、フリーランスで英日翻訳業をスタート。2021年からはマキナレコードにて翻訳業務や特集記事の作成を担当。情報セキュリティやセキュリティ認証などに関するさまざまな話題を、「誰が読んでもわかりやすい文章」で解説することを目指し、記事執筆に取り組んでいる。