ロシアによるハイブリッド戦の展開は近年、その戦術の幅を拡大させている点に特徴があります。具体的な例として挙げられるのは、海事制裁の回避や威圧的な示威行動、NATO国境周辺でのドローンによる圧力、偽情報の流布、そしてヨーロッパにおける秘密工作などです。
ロシアのハイブリッド活動はこれまで、水面下で進める影響力行使作戦や、関与を否定する代理勢力の行動に大きく依存していましたが、今ではより公然と、あるいは表立った形に近い活動を実行する姿勢が目立っています。バルト海の航路で「シャドーフリート(影の船団)」の船舶が確認され、NATO領空にロシア関連のドローンが侵入したほか、ロシアの影響力行使ネットワークも依然として各国の政治体制を標的とするなど、ヨーロッパの各国政府はロシア機関が関与する秘密工作を次々と公表しています。
これらの一連の活動は、NATO加盟国にコストを強いるだけでなく、西側の体制への信頼を損なうとともに、公式な軍事対応が発動する「閾値」以下の刺激を与えるために、周到に調整されたエスカレーション戦略の一環です。さまざまな領域で広範かつ同時に活動が展開されていることは、それらが場当たり的なエスカレーションではなく、綿密な戦略に基づいて意図的に調整されていることを示唆しており、ウクライナに対する西側諸国の支援に対応すべく、ロシアがハイブリッド戦の手段を実質的に適応させてきたことを物語っています。
*本記事は、弊社マキナレコードが提携する英Silobreaker社のブログ記事(2026年9月2日付)を翻訳したものです。
シャドーフリートと海事制裁の回避
ロシアは攻撃的活動手段の1つとして、シャドーフリートの船舶を利用し続けています。2026年3月、ロシア船籍タンカーがイタリア領海内を漂流し、積載燃料による安全上の懸念を生じさせたほか、イタリア沖合ではシャドーフリートの別のタンカーが爆発し、サボタージュ作戦の疑いが浮上しました。
シャドーフリートはそれ以降も、海底インフラを狙ったサボタージュ工作の実行役を務めていることが疑われています。同年5月には海底ケーブル網が敷設されたクレタ島近海の海域において、ロシアのタンカー「Saga」が停泊・旋回していることが確認されました。何も被害は発生しませんでしたが、これは不審な動きとして懸念を引き起こしています。
その一方で、取り締まりも強化されています。スウェーデンは同国の沿岸警備隊により、ロシアの貿易業務に直接または間接的に関与していた船舶が今年に入ってから5隻捕捉されたと報告しました。これにはロシアの対外貿易に従事していた疑いのある外国船籍の船舶4隻が含まれます。英国も2026年6月、制裁対象のロシア産石油を直接または間接的に供給したとされる船舶を差し押さえました。さらにスイスが制裁対象を拡大し、トルコやアゼルバイジャン、アラブ首長国連邦(UAE)からの海上輸送に関わる外国企業を対象に加えるなど、第三国の海運ネットワークが制裁執行の重要な焦点になったことを浮き彫りにしています。
これに対し、ロシアは強硬な姿勢を打ち出しています。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ロシアの船舶や貨物を差し押さえる国々に対して「同等の報復」を行うと警告し、そうした対応を海賊行為や強奪と位置付けたほか、報復は差し押さえが行われた海域に限定されないことを示唆しました。
この動きには2つの狙いがあります。1つは制裁執行を「違法な強要」にすり替えて描くこと。もう1つは海運業者・保険会社・港湾当局に対し、金銭的な制裁だけでなく海上での報復もリスクに含まれるようになったと認識させることです。たとえロシアが実際に報復を行わなかったとしても、それによって生じる不確実性が制裁執行の判断に影を落とす可能性があり、ロシアにとっては「コストをかけずに得られる利益」となります。
NATO東部へのドローン侵入
ロシア関連のドローン活動は、NATO東部国境地域の脆弱性を露呈させ続けるとともに、2026年におけるハイブリッド戦の最も活発な手段の1つとなっています。
5月にはロシアのドローンがルーマニア国境を越え、ガラツィ市近郊に墜落しました。また2026年8月の侵入事案では、同国上空で今年4機目の無人機が撃墜され、紛争地域に接する同盟国の国境地帯における安全保障という懸念が再燃しています。同じく今年8月に発生した別の事案では、ウクライナのドローンがロシア国境に近いラトビア領空に進入し、NATO機によって撃墜されました。同空軍関係者によると、このドローンはロシアの干渉によって進路を変えた可能性が高く、これを受けて一時的な予防措置を講じたフィンランドを含め、複数国で対応が取られる事態に発展しました。
ブルガリアやドイツでも同様のドローン目撃情報が報告されており、ロシアの活動がNATO領内深部に拡大しつつあることへの警戒感が高まっています。やはり2026年8月には、ドイツでドローンを使った爆発物攻撃に関する捜査が行われました。物流と軍事の主要拠点であるライプツィヒ空港において、プラスチック爆薬を搭載したクアッドコプター(ドローン)がウクライナの貨物機の近くで発見された事案です。
米国の情報当局は、この攻撃の背後にロシアが関与しているとみています。現場から検出されたDNAの痕跡を調べたところ、ロシアに雇われた人物が関与したとされる、2024年にライプツィヒ空港で発生した火炎瓶テロ未遂事件との関連も示唆されました。ドローン爆弾が見つかった事案と同じ日には、ライプツィヒ上空に侵入した別のドローンが航空機と衝突する事故も発生しています。さらにその翌日には、パトリオット防空システム関連部品を扱うドイツ国内の軍事施設上空で3機目のドローンが確認されました。
ドイツやその他のNATO諸国で相次ぐドローン侵入を受け、ドイツ軍のカーステン・ブロイアー総監は公的な警告を発し、各加盟国が日々ハイブリッド攻撃に直面している現状について言及しつつ、ロシアがNATOの防衛体制を弱体化させ、その能力を試すために計画的なドローン攻撃を実行していると指摘しています。しかし、こうした攻撃はNATO域外でも報告されており、2026年1月および3月にはモルドバで同様の事案が発生しました。これはNATO加盟国かどうかに関係なく、紛争の波及が欧州諸国にとって脅威であることを示していると同時に、こうした活動がウクライナ支援を弱体化させるための計画的な行動も兼ねている可能性を示唆しています。
ロシアは攻撃用インフラの規模拡大も同時に進めています。ウクライナおよびベラルーシとの国境付近ではドローン発射基地が10か所特定されており、発射レールは合わせて59基、各基地のドローン収容数も1,000機以上とされています。これは戦場での場当たり的な対応ではなく、意図的な能力構築が行われていることを示唆しています。また、シャドーフリートの船舶がドローン発射台を兼ねているとの疑惑も根強く、NATO領空への侵入はバルト海や北海で活動する船舶から行われている可能性が高いと分析されています。
こうした海上・航空作戦の統合は、2026年において最も重要な戦術上の進化の1つです。これにより、ロシアは標的にされやすい固定インフラに依存することなく、NATO圏内の近くからドローンによる攻撃能力を行使できるようになっています。
偽情報キャンペーンとAIが生成したナラティブ
ロシアの影響力行使は依然その規模を拡大しており、より高度になってきています。制裁対象となっているロシア政府後援のある影響工作部隊は、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の信用を貶めようとする内容の偽文書を公開していることが確認されました。一方、別の調査ではロシアがウクライナの破壊工作員を雇い、親ロシア派の抵抗組織が存在するかのような話をでっち上げることで、実際に破壊工作を行うのではなく、プロパガンダを広める手法を採るようになったことが明らかになっています。
2026年3月、ラトビアの国防省はロシアが支援する組織的な偽情報キャンペーンについて詳細を発表しました。このキャンペーンはバルト三国(ラトビア、リトアニア、エストニア)の信用を失墜させることを目的としたもので、ロシアとの戦争に際し、同三国がウクライナに土地の使用を許可したという虚偽の主張が行われていました。こういったナラティブはロシアのメディアやTereglamのチャンネルで拡散されており、上記の国々がウクライナのドローンにそれぞれの領空を開放していると主張していますが、これらは強く否定されています。
このほかにも「ナラティブキルチェーン」と呼ばれる大規模な偽情報キャンペーンでは、1,000本以上のAI生成動画を1つの武器として使用するオペレーションが報告されており、これはターゲットに合わせてナラティブの内容が変化するとされています。コンテンツは軍関係者を対象としたもの、そして一般市民を対象にしたものがあり、軍のトップに対する信頼を損なわせ、戦場におけるウクライナの攻勢を弱体化させることに重点を置いた前者に対し、後者は感情的・精神的な疲労を与え、同国政府機関に対する不信感を高めた上で、ロシア側の条件を受け入れるよう促すことを目的としています。
AI生成コンテンツを大量に使うようになったことは、ロシアの偽情報拡散能力における質的な変化も意味します。というのも、人間の手でコンテンツを作成する必要がなくなるばかりか、西側政府がこれまでのキャンペーンを受けて開発してきたファクトチェック機能やプラットフォームのモデレーションインフラでも追いつけない規模のオペレーションを実行できるようになるためです。
欧米における選挙干渉
ヨーロッパで選挙が相次いで行われる中、ロシアはこの地域への干渉を特に盛んに行っています。ブルガリア、アルメニア、ドイツの選挙期間中には、親ロシア派の内容の偽情報が大量に出回っていました。
こうしたキャンペーンでは通常、主にソーシャルメディアプラットフォームを使って一連のナラティブを拡散させ、選挙結果に影響を与えることを目的としています。2026年8月には、ドイツのザクセン=アンハルト州で9月に行われる州議会選挙に向けた「Matryoshka」オペレーションが確認されました。このキャンペーンは大手メディアに扮して虚偽の主張を広めることを目的とし、2025年のドイツ連邦議会選挙への介入を試みた活動を引き継ぐものと考えられています。
また昨年の連邦議会選挙では、Storm-1516が最有力候補者だったロベルト・ハーベック、フリードリヒ・メルツ両氏のフェイク動画を用いて投票操作を行ったと報告されていました。さらにMatryoshkaとStrom-1516は、2027年のフランス大統領選挙で有力候補と目される首相経験者のエドゥアール・フィリップ氏とガブリエル・アタル氏に対する影響工作も実施していることが明らかになっています。
こうしたオペレーションが継続して行われていること、そして地政学的・政治的に異なる標的に対して並行して実施されているキャンペーンに共通点が見られることから、中央集権的な指示系統が存在しているだけでなく、新たな選挙情勢が生じた際に素早くそこへ注力できる持続的な基盤があることも浮かび上がってきます。このような活動はヨーロッパを越えて広がりを見せており、米政府が発表したロシアによる選挙干渉の調査報告書によると、2026年11月に行われる中間選挙に向けてさらに高度な脅威を伴ったキャンペーンの実施が見込まれるとのことです。
これはロシアが西側の民主主義国家における選挙干渉を、単なる地域的な問題としてではなく、戦略的な手段として捉え続けていることを物語っています。
ヨーロッパの防衛サプライチェーンを物理的に破壊する工作
ヨーロッパで密かに行われているロシア関連の活動は、ネットワークを用いた一定のパターンを持つ組織的なオペレーションに進化を遂げています。この地域では2026年に入ってから、チェコ共和国、フランス、ブルガリア、イタリア、ラトビアなどで放火未遂や爆破事件といった計画的な攻撃が相次ぎました。このような攻撃は、ウクライナ支援のために武器や弾薬、ドローン、その他の装置の製造に携わる企業に影響を及ぼしています。
西側の各情報機関はこれらの事案について、ロシアが支援するキャンペーンの一環と考えており、その目的は軍事サプライチェーンを妨害すること、そして各国が結束して対応する事態を招くことなく、ロシアがNATO領域内でどこまで活動できるかを探ることだとしています。直近の2026年8月24日には、ロシアの元外務次官Andrei Fedorov氏が次のような発言を行いました。
英国のアンディ・バーナム首相が英国製巡航ミサイルの技術詳細をウクライナと共有したため、『準軍事』対応の一環として『正体不明の勢力』が英国のドローン製造工場を標的にする可能性がある。
このような言動には、ロシアが自らの関与を否定できるように現地の犯罪者を利用するという、同国の情報機関に繰り返し見られるパターンが現れています。これから起こり得る個々の事件は産業事故のように見せかけられたり、環境保護団体、反軍思想を持つ団体、またはさまざまな活動家の運動によるものだと主張される可能性があります。
2026年6月に行われた欧州議会のブリーフィングでは、ロシア政府の「ブラックリスト」に加え、ウクライナを支援するヨーロッパ全域のジャーナリスト、政治家、活動家に対する威嚇戦術についても別途取り上げ、こうした活動を個別の嫌がらせ事案ではなく、より広範な外国干渉の枠組みの一環として位置付けました。個々のケースを個別のリスクとして扱うと、累積的な影響を与えようとするロシアの戦略的な意図を見誤る恐れがあります。その意図とは、ヨーロッパ領土内で秘密裏にもたらされる圧力や暴力による脅威を通じて、ヨーロッパの政治的意思を徐々にむしばむことだと思われます。
親ウクライナ派の各国政府に現在求められている対諜報活動の体制拡大は、継続的な資源の負担を伴うものであり、ロシアの計算のうちに入っていることかもしれません。というのも、各国政府はロシア政府のさらなる報復を恐れ、対象事案の首謀者特定をためらう可能性が高いためです。
おわりに
2026年に実施されたロシアのハイブリッド型攻撃キャンペーンは、計画的かつ適応性のある戦略を反映しており、その能力や連携はより強化され、さらに対処の困難なものとなっています。今回の調査では、対象となった分野を通じて一貫した考え方が明らかになりました。ロシアの目的は西側のウクライナ支援にかかる負担を増大させること、NATO領域内での試行を経て同加盟国の結束を弱めること、そしてウクライナ支援を続けるヨーロッパ諸国の政治情勢を弱体化させることです。
また西側の同盟国による協調的対応を防ぐため、自国の関与を否定できる余地を十分に確保することも織り込んでいます。現段階で変化がみられるのは、これらの領域が重なり合うようになったことの度合いです。シャドーフリートの船舶をドローンの発射台として使用していることが疑われる点、実際の破壊工作が偽情報コンテンツに盛り込まれている点、そして選挙日程に合わせて影響工作キャンペーンが行われている点はすべて、より高度なキャンペーンを運用する仕組みが存在することを示唆しています。
ヨーロッパ各国政府とNATO加盟国は、複合的な問題に直面しています。それぞれの事案は決定的な対応を必要とする基準を下回っているかもしれませんが、その影響が積み重なると安全保障や国家制度に対する信頼が徐々に損なわれ、政治的意思が弱体化する一途をたどります。これに対処するには、各分野で適用できる戦術的な対抗策を用意することに加え、こうした活動を一連の無関係な挑発行為としてではなく、単一の一貫したキャンペーンの要素として取り扱う分析的枠組みを共有することが求められます。
地政学ランドスケープをモニタリングし、国家支援型のオペレーションを追跡する上でSilobreakerがどのように役立つのか。詳しくはデモをお申し込みください。
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